佐藤病院の煉瓦塀の見学を終えると、近くの小台駅から都電に乗って、終点の三ノ輪橋へと向かう。

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商店街を抜けていくと、ここら辺は江戸時代に下野黒羽藩の下屋敷のあった辺りだ。
第三十一代藩主大関増裕は若年寄兼海軍奉行の要職を努めた。

当時をしのばせるものは何もなく、あちこちに昭和の香りがプンプンする建物が建っている。

と、突然街中には珍しく広場が現れると、突き当りには木造モルタル造の古いアパートのような建物と、お稲荷さんが現れる。

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まず写真左手にお稲荷さんが敷地の内側に向かって立っているが、その脇にある看板には、次のように簡潔に記されている。

『このおいなりさんを
 こわした者は
目がみえなくなり
口がきけなくなる』

なんと恐ろしや!
奥の建物に目をやると・・・

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開いている扉から中が垣間見られるが、そこには観音様が祀られている。
木造2階建ての古いアパートのようにも見えるこの建物は簡易宿泊所で、冷暖房もない2畳半ほどの部屋は、一泊2,500円で泊まれるという。

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さて、この先に常磐線の高架が見えてきたが、常磐線開業当時の煉瓦造りの架道橋だ。