さて八ツ沢発電所関連施設は、1910年(明治43年)に東京電燈(現東京電力)が建設を始め、1914年(大正3年)に竣工した。
この重要文化財に指定された
桂川沿いに約14kmに及ぶ関連施設を、先日の日曜日に実地調査に出かけた。
あわせて中央線の開通当時の廃線跡も調査している。
今回はそのさわりとして何枚かの写真をアップするにとどめたい。

まず最初は桂川の水を取水して暗渠で流れてきた水が最初に地表に顔を出す第一号開渠だ。

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この水が流れていく先には、木を組み合わせただけで落ちない不思議な猿橋がある。

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この猿橋の下流側を第一号水路橋が谷を渡っている。

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1914年(明治45年)の完成で、猿橋とのマッチングを考えて意匠を凝らしたつくりになっている。

鉄筋コンクリート製の橋としては、ごく初期の施工例に分類される。

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古い絵葉書をみると、猿橋と水路橋のすぐ脇に蒸気機関車の走るものがあるが、中央線開通当時は、この水路橋のすぐ川下を走っていた。

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その痕跡がこの橋の脇に残っている。

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大原隧道である。

さらに国道20号に沿って少し上野原方面に行くと、第二号水路橋がある。

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さらに少し下ると、旧中央線の宮原隧道がある。

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ここがかつて鉄道であったことは、トンネル出口の草むらの中に眠っていた。

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さらにこの近くに第三水路橋がある。

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この水路橋がいかに巨大な施設であるかは、脇に立つ人間と比べるとお分かりいただけるだろう。

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この後大原調整池にいってこの水路からの流入口を確認して一日のフィールドワークが終了した。おって詳細は別途アップしたい。